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UZ通信

カラダ・アタマ・ココロの遊び

なんで就活してんのか

就職活動をする理由は人によって違うだろうけれど、小学校を卒業して中学にいったみたいに、中学を卒業して高校にいったみたいに、高校を卒業して大学や専門学校にいったみたいに、大学を卒業をしたら就職する人がマジョリティだから、就職する人が多いんだろう。

かくいうぼくもそのビッグウェーブの乗り、就職活動の最前線を走るわけだけども、一旦立ち止まって、なんで就職活動をしているのか考えてみた。

そもそも、何のために生きているか、という話をすれば、ぼくは幸せになるために生きている。その前提のもと、自分の幸せには達成感だったり、安心感だったり、満足感だったり、といった幸せに寄与するポイントを高く積み上げたいと思っている。

ただ、そのポイントを最大化させるには、ちょっと厄介なこともある。今の小さな我慢が後に大きな幸せポイントになることもあれば、今の小さな我慢が後の大きな後悔ポイントになることもあるからだ。

いずれにしろ、未来はわからない。いつ死ぬかはわからない。とはいえ、明日を迎えたら明日を生きなきゃいけないわけで、100年後も生きていれば2116年を生きなければいけないわけだ。

どの時間も満足に生きるには、どうしたらいいか。
次の2つに多くのリソースを割くことが大切だと思う。

1つは、今やりたいことをやること。
2つは、やりたいことのためにやるべきことをやること。

1つめの「今やりたいこと」とは、ブログを書くことだったり、サッカーをすることだったり、映画を見ることだったり、とその時の快楽を優先してやることである。

2つめの「やりたいことのために、やるべきことをやること」とは、将来のなりたい姿や将来成し遂げたいことのために「やるべきこと」を淡々とやることを言っている。試験を突破するために中国語を勉強したり、フィジカルを強化するために体幹トレーニングをしたり。

一般的に後者は敬遠されがちだし、ぼくも避けがちなんだけど、後者を頑張ったときの方が満足度が高いのが現実である。

なんで、こうなるのか。
今の快楽を優先して、寝たいだけ寝たり、食べたいだけ食べたり、遊んだり。
それらに対してあまり満足を感じないのはなぜだろう。

おそらく理由は2つある。
1つは、これまでの自分の価値観と反しているから。
もう1つは、自分は未来に生きているから。

1つめのこれまでの価値観とは、これまでの人生における経験によって出来上がった考え方のことだ。小さいころから、遊びたいのを我慢して勉強したら褒められたり、自分がもらいたいところを我慢して譲ったら喜ばれた経験によって、「我慢=いいもの」と捉えている自分がいる。だから、何かを我慢したらいいことをした、と条件反射的に考える自分がいるのだと思う。

2つめの自分は未来に生きている、というのは、毎日希望があるから生きているよね、という話。運動会、大会、テスト、デート、受験、就活。そこに対して希望だったり、成し遂げたい目標があるから、多かれ少なかれ頑張れる。だから、その未来が少しでもいいものになるよう、理想の自分になれるよう、誰かを幸せにできるよう、未来に繋がる行動を高く評価するんだろう。

結局言いたいこととしては、「やりたいことのためにやるべきことをやる」ことになるべく多くのリソースを割くことが大事で、そこでの集中力を最大化させる意味でも、「やりたいことは積極的かつ妥協なくやる」ことが大事だよな、という話です。

就活の話に戻ると、ぼくは将来、ビジネスマンとして世界で活躍したいと思っている。
親孝行したいし、家族を楽にしたいし、子供にはレゴをプレゼントしたいし、人や社会のお役に立ちたいから。

卒業後の進路としては、バックパッカーとして放浪したり、起業家になったり、留学するという選択肢もあるけれど、というか選択肢は無限にあるけれど、今の自分は就活に取り組むのが目標に近づいていると実感できる、つまり満足度を最大化させる行動だからやっています。

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