読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

UZ通信

カラダ・アタマ・ココロの遊び

外へでよう。ふつうに。②

人生における失敗とはなにか。

会社勤めは失敗だろうか
起業は失敗だろうか
結婚は失敗だろうか
離婚は失敗だろうか
怪我は失敗だろうか
破産は失敗だろうか

人によって違うだろうが、ぼくの中では「やりたいことをやらずに生きること」が失敗だと思う。

なにかをするために一定期間苦しい修行をしたり、トレーニングをすることはあっても、それは「やりたいことのためにやるべきことをやっている」状態であり、修行のための修行じゃない。トレーニングのためのトレーニングじゃない。

つまり、「やりたいことをやるorやりたいことのためにやるべきことをやる」状態を保つことが、自分の幸せにつながっていると思う。


冷静になって考えると、1年、1ヶ月、1日、1時間のスパンでも、成功と失敗がある。次の1時間でやりたいことをやるか。そんなにやりたくもないことをだらだらやるか。

やりたいことをやるには少しのアクションが必要で、痛みを伴うことも多い。風呂に入るのが億劫、外へ出る踏ん切りがつかない、ジムに行くのが面倒。これらは全部、まっとうな理由だ。

こたつを出るのは寒いし、外にでるのはもっと寒いし、トレーニングの準備は面倒。ただ、それを嫌がって「何もしない決断」をしても、その後に得られる満足度は小さい。

ぼくは走った後の自分の方が好きだし、勉強した後、ブログを書ききった後の自分の方が好きだ。その満足度は「なにかする決断」をし「行動できた事実」からくるのだろう。

別に世間一般から評価されるようなものでなくとも、自分で決めて、行動すればその満足度が得られる。30分間情報のインプットするでも、5件営業の架電をするでも、2ページ本を読むでも、なんでもいい。

しかし、これを理解しつつも、なかなかできないのが現実だ。ついついNetflixを見てしまうし、際限なく寝てしまう。

どうしたらやりたいことをやれるか。自堕落な自分を理解した上で、何ができるか。結論は昨日と同じである。



外へでよう。ふつうに。



人の目がなければ頑張れないなら、人の目がある場所へ行けばいい。
周りが頑張ってなければ頑張れないなら、そういう人に囲まれる場所へ行けばいい。



要は、最適な環境へ飛び出そうということだ。


ブログを書く時は、ネット環境がないサイゼリヤかマクドナルドへ。英語の勉強ならパソコンを開けない図書館へ。意識を高めたいならオンラインサロンへ。映画を観るなら自宅へ!睡眠するなら自宅へ!ネットサーフィンをするなら自宅へ!

 

外へでよう。ふつうに。@サイゼリヤ新習志野店

広告を非表示にする