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UZ通信

カラダ・アタマ・ココロの遊び

自意識過剰を克服する〜続編

雑感

ぼくは自意識過剰だ。 

asobot8.hatenablog.com

それは既に文章化していて、払拭する試みを日々しているのだけど、未だに拭いきれてない。去年の今頃はもちろん、10月の今頃に比べたら大分言いたいことは言えるようになってきた。しかし、まだまだ人の目を気にする自分がいて、そんな自分を変えたいと思っている。

いつもポジティブにいようぜ!
明るいほうがいいよね!
元気な自分出してこうぜ!
と言っているのではない。人の目を気にすること、それ自体に善悪はないからだ。

今の自分に対して自分自身が何を感じ、どうしていきたいかが問題なのである。「言いたいことをもっと言いたい」なら言えばいいと思うし、「明るく挨拶したい」なら大きな声で挨拶すればいい。

ただ、その時に邪魔してくるのが、謎な自意識だろう。過去の自分というべきか。過去の自分の言動から作られているであると想像する、自分像というべきか。

「こんなこと言ったらどう思われるんだろう」
「今までの自分とは違うし、皆に言われるだろうなあ」
「意識高い発言イタイだろうなあ」。
そんな風な想像をして、無意識に恐れてしまう(実際僕レベルのブログにさえ文句を言ってくる暇人はいるのだけど)。

ただ、考えてみてほしい。

ぼくの10年前の夢を覚えている人も、
昨年の抱負を覚えている人も、
昨日の服装を覚えている人もいない。
自慢じゃないけれど、ぼくのブログに来た人の80%が10秒以内にさようならをする。

つまり何が言いたいかというと、ほとんど誰もぼくに注目していないのだ。
(ちょっと残念だったりするけれど)、これは数字が裏付ける事実である。

明日ぼくがオレンジのパーカーを着ようと、
もらった指輪をつけようと、
ブログで自分語りをしようと、
誰も気にしない。
みんなそんなに暇じゃない。

意識高い発言をしようと、
海外旅行しようと、
誰と付き合おうと、
積極的にそれを知ろうとする人なんていないのだ。

ということで、もし今の自分に満足していなくて、それにやりづらさを感じているなら、変えたらいいと思うよ(じぶん)!

この想いをもっとうまく言語化している文章がここにありますので、ぜひご覧ください。

toyokeizai.net

同じことを言っていますね。

生きているのはいまだけで、いつか傷つくことさえ出来なくなる日が必ず訪れる。

『不安』や『恐れ』を言い訳にして、新しい一歩を踏み出すことを躊躇してしまってはいけない。何か新しいことをやる時に、行動するに足る理由を外部に求めてしまってはいけない。そんなものは必要ない。必要なのは「やりたいと思ったから」という衝動だけで、成功するか失敗するかなんてことはまるで重要ではないことだと私は思う。
 
そして何よりも重要なことは、私たちは遅かれ早かれ『(生きているのは今だけで)いつか成功も失敗も出来なくなる日が必ず訪れる』ということだ。人生は短い。人は必ず死ぬ。生きているのは今だけで、それなのにやりたいことを躊躇する理由なんて本当は何ひとつない。私はそう思っている。やりたいことをやろう。やりたいと思ったことをやろう。そこから栄光に続く道は生まれていくのだと思う。生きているのはいまだけで、いつか、成功も失敗も出来なくなる日が必ず訪れる。
 
人生は続く。
人生は続く。
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