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UZ通信

カラダ・アタマ・ココロの遊び

「考える」を考える・「考えないこと」を考える・行動する

考えることが大事だと言われる。何かをする意味や目的、方法、常識、先生の言ったこと、それらを自分の頭で考えることが重要だと。

考えると、何がいいのだろうか。
そもそも「考える」とはなにか。

「考える」とは、「過去の事例と経験則から現状を把握し、次に取る行動の選択肢とそれに対応する結果を想像し、次の行動を決断すること」だと思う。

これって必要なのか?と目的を考えること。
どうやったらうまくいくのかな?と方法を考えること。
なんで成功したんだろうな?と理由を考えること。

「考える」にも色々あるし、便利な言葉だからこそ、その時々で使い方も有用性も違う。故に、「考える重要性」を一概に説くことはできない。

全く無駄な (少なくともそう思える)「考える」もあるし。

僕が考える時に意識するのはその「意義」と「やり方」に関してで、「なぜ考えるのか、理解して(しようとして)考えること」と「考えるときは書くこと」の2つを大事にしてる。

言われたから嫌々考えるというのは時間の無駄だし、仮に言われたとしても、なぜ言われたのか、なぜ考えるか自分なり意味を見出すことでそれが有益なものになる。また、堂々巡りしないためには書く必要がある。

 

その上で、これより優先度の高いこととして、

「『考えないこと』を考えること」と、
「行動すること」の2つがあると思う。

「『考えないこと』を考える」とは、オバマ大統領やザッカーバーグさんを見習おうぜ、ということ。考えるべきポイントを絞って全力を注ぎ、スーツやシャツや食事に考える力(=選択する力)を使わないようにすべき、という話。

1日は選択の積み重ねでできていて、選択の質が担保される回数はある程度決まっている。1日の終わりには、頭の回転効率が落ち、決断力が下がるとともに客観的な見方ができなくなる経験は誰にでもある(と思う)。

僕も、たまに開催するオールナイトブログ執筆会議(1人で書くことを、今こう名付けました)で、4・5本目に差し掛かると文の構成や言葉の選び方において、少しずつ、でも確実に質が落ちていることを実感する。

決断回数は少なければ少ないほどいいというつもりもないけれど、毎日スーパーで買う食材や移動手段、勉強する場所に寝る時間、今日のトレーニングウェアとコースを決めていたら、あまりにも疲れてしまう。

だから、多くのことは習慣にし、歯を磨く感覚で行動できること増やせば、自分の頑張るべきポイントで力を発揮できる(ログミー記事の受け売りです)。

次に、「行動すること」は言葉の通り。
こっちの方が圧倒的に大切というか、難易度が高い。取るべき行為、成功する方法、やるべきことはわかっているのだけど、それでもできないことが多いから。

みんな成功する方法は知っている。自分にとっての成功を定義して、そこに向けて走る。それだけのこと。

単位が欲しいなら授業に出た方がいいし、マラソンで3時間を切りたいなら食事制限した方がいい。英語が話せるようになりたいなら電車の中ではtwitterより、リスニングをした方がいいだろう。

行動しないことには前に進まないし、単調な作業なくして目的達成はありえない。
何を話しているかわからなくなったが、まとめるとこうなる。

・目的を持って、書きながら考えること!
・考えないで済むように、自分の価値観を明文化しておいて、意思決定をラクに!
・行動しろ!行動できなかったら何でできなかったのか考えて、行動しろ!

という自分へのメッセージです。

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