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UZ通信

カラダ・アタマ・ココロの遊び

「物事へのスタンス」

雑感

「そういう考え方は本当に下らないと僕は思う」と僕は言った。「後悔するくらいなら君ははじめからきちんと公平に彼に接しておくべきだったんだ。少なくとも公平になろうという努力くらいはするべきだったんだ。でも君はそうしなかった。だから君には後悔する資格はない。全然ない」

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「具体的に噛み砕いて言うとこういうことになる。人というものはあっけなく死んでしまうものだ。人の生命というのは君が考えているよりずっと脆いものなんだ。だから人は悔いの残らないように人と接するべきなんだ。公平に、できることなら誠実に。そういう努力をしないで、人が死んで簡単に泣いて後悔したりするような人間を僕は好まない。個人的に」

 

これは、村上春樹さんの小説「ダンス・ダンス・ダンス(下)」の中で、毛嫌いしていた男の死に際し、生前の彼への接し方を悔やんだ13歳の少女に対して主人公がかけた言葉である。


ここでは「人へのスタンス」について言及されているが、僕はこれを「物事へのスタンス」として意識している。

 

文化祭の準備や合唱祭の練習。

フィジカルトレーニングやfacebookへの投稿作業。

面倒で退屈で大変で苦しい、大切なこと。



それらどんなことにも終わりがあって、その終わりが想像より早くくることを皆知っている。ある種の苦しみが一時的なものであり、いつかやりたくてもできなくなる日がくることを、皆知っている。

だからこそ朝学活前の発声練習を、2対2後のラントレーニングを、同期全メンバーへのインタビューを一生懸命できるのだし、「誠実に取り組むこと」が「その時にできるすべて」である。

自分自身できる限りそうしてきたし、これからもそうしたい。そして自分に甘くなったり、他のことを優先したことを後から後悔したり、当時頑張れなかった自分に同情して泣きたくない。そんな資格、全然ないから。

後から悔やむくらいなら、ビブラートを恥ずかしがった朝7時40分に、住宅街の登り坂で次の一歩数cmを妥協したその時に、目の前の作業ではなく読書を選択した深夜に、それをやればよかったのだ。歯を食いしばってでも泣きながらでも、やるべきことをやればよかったのだ。

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あと5日で、S.A.L.を引退する。「5日間精一杯取り組む」のは団体のためであり、「団体のために5日間精一杯取り組む」のは自分のためだ。総会では清々しい気持ちで、さようならをする。

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