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UZ通信

カラダ・アタマ・ココロの遊び

帰省して考えたこと@静岡 ー同じ想い、違う行動

シルバーウィークの2日間、静岡にある祖父母の家を訪ねた。今回の訪問は、父方の祖母の17回忌を目的にしての帰省だった。僕が5歳のときに亡くなった祖母。彼女はガンに侵され、苦しみながら逝ったという。

祖母の娘にあたる、僕の伯母は、その晩年を思い返しながら、こんなことを言っていた。

「きちんと検査を受けていれば、違ったかなとは思うよ。数年頃から、少しおかしくなった時からね。ただ、私がなんと言っても聞かなかったもん。薬以外で治そうとしていて、お医者さんのこともあんまり聞かなかったし」

祖母は生きたかったし、伯母もそう願っていた。

そして、祖母は自力で治そうとし、伯母は医者の知恵を借りて治そうとした。この事実は何を意味しているのか。僕が学べることはなにか。


同じことを願っていても、違うアプローチ方法があるということ。


志や目標は同じでも、アプローチ方法は様々だ。祖母も伯母も生きたい(生きて欲しい)と思っていたけれど、そのアプローチは違った。

お金を貯めるために起業する人もいれば、会社員になる人もいれば、物乞いをする人もいる。カレーを食べるためにCoCo壱番屋に行く人もいれば、セブンに行く人もいれば、こくまろを買って帰る人もいる。国の平和を願って、安全保障条約を支持する人もいれば、反対する人もいる。


みんな違うしわからない、と投げやりになるのではなく、人間だし本来は皆一緒だよね、と決めつけるでもなく、相手の考えを知ろうとすること。行動の裏にある想いを、知ろうとすること。

お互いが望んでいることを想像したり、対話をする中で、意外と考えは近かった、なんてことも多いんじゃないかな。

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