読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

UZ通信

カラダ・アタマ・ココロの遊び

塾講師の仕事、始めました⑥(完) ー教育の目的とは、なにか

バイト

尊敬する後輩がいます。学部と好きな作家、高校までの部活が同じで、出身と文章力が違う後輩です。彼とは物事への基本姿勢がよく似ており、仲良くなりました。

僕は彼に、「教育の目的は、幸せになれる人を育てることだと思う。それはつまり、自分の価値観を知り、行動計画を立て、継続的な努力ができる人間を育てることだ」と今までの考えを伝えるとともに、「教育の目的は、なにか」聞きました。

彼に聞いた理由は、思慮深い答えが返ってくるとわかっていたのと、ここ数ヶ月の間に彼も塾講師になっており、教育に携わっていたからです。


その日は時間がなくて、その場でお別れだったのですが、少ししてメールが届きました。返信してくれた文章は、あまりにも村上春樹かつ、言葉選びとリズムに秀でており、示唆に富んでいました。彼の許可をいただいたので、ここに掲載します。

 

土曜日に悠志さんが言っていた教育の目的というか目標を自分なりに考えてみました。

 理想ばかりで実生活に応用できていないのが非常に心苦しいところです。まだまだ成長の途上。

 

 「だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子供たちがいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。何千人もの子供たちがいるんだけど、他には誰もいない。つまりちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。僕のほかにはね。それで僕はそのへんのクレイジーな崖から落ちそうになる子供がいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を見ないで崖のほうに走っていくこどもなんかがいたらどっからともなく現れてその子供をさっとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうのになりたいんだ。」

 

 これはサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の一節なんですけど、主人公のホールデンが妹のフィービーに上のように言ったんです。

 「ライ麦畑のキャッチャーになること、これは一つの到達である」としたいです。

ここでいうライ麦畑はたぶん世間とか社会ですよね。そして子供たちっていうのは無知で無力でイノセントな存在の象徴だと思うんです。このイノセントっていうのはおそらく法律的な罪とか道義上の罪を犯した人間にさえも当てはまると思います。それぐらい大きな定義域を考えていいと思います。

 例えば、村上春樹のアフターダークで、高橋っていう法律を勉強している大学生が、家出中のマリになぜ自分が真剣に勉強しようと思ったのかを語るシーンがあって、俺はそこがすごく好きなんですけど、高橋はゼミかなんかの課題で強盗殺人の刑事裁判を傍聴したんです。その裁判の被告っていうのは高橋とか一般の市井に生きる人々とはまるっきり住む世界の違うような、まったく違う考え方をする、そうゆう人間だと直感的に思うわけです。でも、

 「しかし裁判所に通って、関係者の証言を聞き、~~~本人の証言を聞いているうちに自信が持てなくなってきた。つまりさ、なんかこんな風に思うようになってきたんだ。二つの世界を隔てる壁なんて実際には存在しないかもしれないぞって。~~~こういう風に考えだすと、裁判という制度そのものが、僕の目には、一つの特殊な、異様な生き物として映るようになった。~~~そいつはいろんな形をとる。国家というかたちをとるときもあるし、法律というかたちをとるときもある。もっとややこしいやっかいなかたちをとるときもある。~~~どれだけ遠くまで逃げても、そいつから逃れることはできない。そいつはね、僕が僕であり、君が君であることなんてこれっぽっちも考えてくれない。そいつの前では、あらゆる人間が名前を失い、顔をなくしてしまうんだ。」

 で、結局被告には死刑が確定するんです。完全無欠に当然の結果としての死刑。強殺に放火、暴力的傾向があって、前科複数、薬中、改悛の情もない。誰もが当然と思うような結果でした。

 なのに高橋は家に帰ってから震えが止まらなくなります。

 「そいつは救いがたくろくでもない奴だったんだ。その男と僕の間には、何の共通点もないはずだ。なのになんでこんなに感情を乱されるんだろう。~~~僕が言いたいのは、たぶんこういうことだ。一人の人間が、たとえどのような人間であれ、巨大なタコのような動物にからめとられ、暗闇の中に吸い込まれていく、どんな理屈をつけたところで、それはやりきれない光景なんだ。~~~とにかくその日を境にして、こう考えるようになった。一つまじめに法律を勉強してみようって。そこには何か、僕の探し求めるべきものがあるのかもしれない。法律を勉強するのは、音楽をやるほど楽しくないかもしれないけど、しょうがない。それが人生だ。それが大人になるということだ。」

 

 すごく長くなっちゃったんですけど、これを読んだとき、ライ麦畑のキャッチャーの守備範囲はかなり広くなければならないと思いました

「『アフターダーク』は二人のセンチネル(タカハシ君とカオルさん)が「ナイト・ウォッチ」をして境界線のギリギリまで来てしまった若い女の子のうちの一人を「底なしの闇」から押し戻す物語である。」(by内田樹)。そして高橋はあの被告でさえ救いたかったのではないかなと思います。

寛容の精神と柔軟な忍耐。それは果てしなく不条理でなんの報酬も与えられないかもしれない。

(いろんな人の話を聞いていて思うんですけど、みんな自分に対して正当な評価が下されていないと思っている。不当に頼られて、責任を与えられて、自分は一生懸命に応えたのに、その努力が軽くあしらわれていると。俺もそう思うときはかなりあったし、今も相変わらずあります。)

でも大人になる、成長するっていうのはそういうことなんじゃないかと思います。何かを勉強するっていうことは、誰かのために勉強するっていうことなんだろうと。自分がどれだけ強くて賢いかはわからないけど、少なくとも自分より弱い者、小さい者を「なにかわけのわからない邪悪なもの」からなんとか守ろうとする(キャッチしようとする)、その自覚と覚悟を持つことなんじゃないかなと。そしてどんなリターンをも期待しないこと。メンタルとフィジカルに強靭なタフネスが要求されます。さらにいえば、「キャッチャー」と「子供たち」っていうのは相互依存の関係だと思います。子供たちから学ぶこともたくさんあるし、救われることも多々あります。そしてキャッチャーもまた誰かに救われたい。

 

 教育がここにたどり着くことが出来るのかは、分かりません。教育の目標をここに置くべきかもわからない。まるで見当違いなのかもしれない。でもアルバイトの塾講師の分際でアレですけど、なんとかこういうことが少しでも伝わればいいなとは心の奥のほうでは考えています。主観の押し付けと言われればそれまでですけど、俺にとっては(立場と責任を棚上げにして、きわめて個人的な考え方をすれば)子どもたちが三角関数のグラフを描けるようになったからって、鎌倉幕府における封建制の説明ができるようになったからって何かが達成されたわけではないです。あくまで、ノルウェイの森のワタナベ君曰く、「そういうのは物事をより系統的にとらえるための訓練になるんだと僕は思ってるけど。」です。


以下、それに対する僕の返信。

俺さ、皆、どんな行動に対しても報酬は与えられていると思うんだよね。気づいていないだけで。報酬の定義にもよってきてしまうんだけど、何らかの行動をとったことに対する見返りは、皆与えられてるはず。

サラリーマンだって、物乞いだって、学生団体の代表だって。

ブラック企業で働いている人は、そこで我慢して働いていることに自分の喜びや存在意義を見出しているのだと思うし、施す人は結局その行為を通じて、自分に施している。

同じように、キャッチャーはキャッチすることで、自分を救ってるんじゃないかな。自分にできることは多くないけれど、子供をキャッチすることはできる。この行為を通じて、自分が必要とされていることを、認識できるから。

キャッチャーは、子供を助けることで自分を助けてる。綺麗事じゃなくてさ。もし本当に報酬がなかったら、つまり、子供を助ける行為が自分自身を苦しめるものだったら、日の出前に辞めてるだろうし。

だから、相互依存というのはまさにその通りだと思う。

と同時に、高橋が勉強をし始めたのは、自分を救うためということになる。被告の闇をみて、自分にも役立てることがあるかもしれない、と自分を救う機会を見出したということだから。

人は自分の存在を確かめるために、人を救いたい、必要とされたいと思うけれど、それは簡単なことじゃない。

消防士が消防士として人を救えるのは、厳しいトレーニングで培われた精神と肉体を持つからだし、医者が医者として人を救えるのは、専門知識を持って、適切な治療ができるから。

そして彼らも同じように、自分の仕事を通じて、自分の必要性を認識し、自分自身を救っているんだと思う。

俺が今考える、教育の目的は
「自分の幸せのために、誰かに貢献できる、力をつけること」

自分にとっての幸せは、ブラック企業にこき使われることなのか、それとも消防士として人を救うことなのか、はたまたサッカー選手になることなのか。

それらを自分の頭で考えられるようにならなきゃいけないし、それに近づく訓練をしなきゃいけない。

三角関数のグラフを描かせたり、ローマ教皇の名前を覚えさせるのは、そこに近づく一つの過程なんだと思う。

今後も教育に関わる人間として、一つの授業の目的、一連の教育の目的を折に触れて、考えていきます。

これで連載を終わります。ありがとうございました。

広告を非表示にする