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UZ通信

カラダ・アタマ・ココロの遊び

塾講師の仕事、始めました④ ーかけ算九九での経験、生徒に伝えたいこと

連載4本目に入りました。1本目でLITALICOで働いている宣言をし、2本目でLITALICOで働く理由を述べ、3本目で教育の目的に触れました。

asobot8.hatenablog.com

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教育の目的についての考えは次回以降で書くとして、今回は、僕が何を考えながら授業をしているかについて。

 

***


僕にも子供時代があり、僕にも神童時代がありました。それは5歳の時であり、小学校入学前のことです。幼稚園に通っていた僕は、兄の取り組んでいたかけ算九九に挑戦して覚え、毎日唱えていました。家族にとってこれは、小人の戯言にすぎなかったでしょう。

しかしこの九九の習得に関係して、僕は今も覚えている、印象的な経験をしています。それは当時交わした祖母との会話の中でのことです。定期的に祖父母への電話をしていた母親は、その日もいつものように僕に代わりました。僕は電話越しの祖母に対し、覚えたての九九を披露しました。

「1*1=1、1*2=2、、、9の段を言うね、9*1=9、9*2=18・・・=81。9の段はね、十の位が1つ上がるごとに、一の位が1つ下がるんだよ」

今となっては、九九を説明していた自分、若かったなあって感じですが、当時の僕にとって「かけ算九九の習得」は、一大ニュースであり、最新の術であり、自慢したいトピックでした。

それに対し、祖母はどんな反応を取ったか。途中で遮ったのか、最後まできいてくれたのか。当然という反応をしたのか、驚いてくれたのか。

祖母はあらん限りの言葉を尽くし、褒めてくれました。

上手に言えてすごいね。
どうやって覚えたの。
よく説明できるね。
もう一度教えて。

5歳時の僕が、流暢かつ論理的に話せたわけがありません。所々間違っていたでしょうし、祖母にとっては何の新しい発見もなかったはずです。

じゃあ彼女は、僕の学習に対するやる気を引き出すために打算的に褒めたのか。「九九ができることそれ自体」を褒めたのか。その時の心境を聞いたことはありません。

ただ、僕はこう思います。
祖母は、九九が言えることそれ自体ではなく、どう言えたかでもなく、 孫が新しいことに挑戦した姿勢、懸命に説明しようする姿勢を褒めてくれたのだと。

祖母は賞賛を口にしたがために、僕のかけ算九九&九の段の特徴説明をエンドレスで聞き続ける苦行に入りましたが、僕にとっては、素晴らしい経験となりました。

挑戦すれば、喜んでくれる人、褒めてくれる人がいる。

この事実と安心感は、僕の大きな支えであり続けています。


***


あれから17年経った今、講師という立場で、授業に臨んでいます。

授業の中で、生徒を乗せることを目的に褒めることはありませんが、新しい問題への挑戦や、意欲を持って取り組む姿勢は、必ず褒めるようにしています。しているというより、すごいと思うので、そう伝えています。

この歳になってもやっぱり挑戦は怖いからこそ、そう思います。本気でやって失敗するのが怖いし、実力を出し切って負けるのが怖い。 一生懸命やって、うまくいかない未来が怖いのは、大人も子供も変わりません。挑戦と失敗を繰り返すことでしか、前に進めないのも同じです。

幼稚園から小学校低学年の子にとって、塾にくることは、かなりチャレンジングな行動でしょう。だからこそ、せっかくきた授業で少しでも何か掴んでいって欲しい。その時に掴んでもらうものが、文章題の解き方や数式の解法だけでなく、やりたいことに出会った時に「挑戦する勇気」だったらな、と思います。

何でもかんでも挑戦が大事、と言うつもりはありません。ただ、やりたいと思ったことへの挑戦は、人生に生の実感をもたらしてくれます。

二号公園の遊具からジャンプして捻挫したこと、体育の授業中の持久走で全力を出したためにコンクリートに膝をぶつけ手術するはめになったこと、ビジコンで2個上の東大生に論破されたこと、さっきデートに誘って断られたこと。

ママチャリで長野県まで行ったこと、ウズベキスタンで夜のピクニックをしたこと、真冬の浅草寺で写真の販売をしたこと、榛名湖マラソンで完走したこと。

勇気を出して挑戦した経験は、思い出しても楽しくなるような、代え難い経験になります。

挑戦する勇気を育んでいって欲しい、挑戦にポジティブな印象を持って欲しい、挑戦それ自体の価値を感じて欲しい。

そんな想いを持ちながら、「カエルの鳴き声」や「さくらんぼ計算」を教えています。

尚、これは生徒に求める前に、自分が実践しろ、したいという話でもあります。1日1F運動(1日1個fearなことをする運動)を続け、挑戦力を磨いていきます。


P.S.
「挑戦する勇気」は、教育の目的を達成する上で重要な鍵となりますが、「訓練を通して、身につけるべき何かしらの力①」であるとも感じます(①であって、最終到達点ではない)。明日は、もう少し普遍的な「教育の目的」を考えてみます。

 

 

傷つく前に、傷つくな。