読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

UZ通信

カラダ・アタマ・ココロの遊び

「人生で一番辛かった経験は何ですか」後編~県1部リーグ「柏日体戦」の記憶~

「ああ、あったわ」


僕にも辛い経験がありました。今まで忘れたかったし、忘れようと努めてきたし、これからも忘れようとするであろう記憶がありました。

 

僕の人生で一番辛かったことは、高2の秋に新チームとして臨んだ、千葉県高校サッカー県1部リーグ柏日体戦の経験です。より正確には、「柏日体戦で僕が試合を退いてから、試合終了までの75分間(90分制)」です。

 

この日僕は、左サイドバックとして先発出場しました。日本代表でいうと長友のポジションで、ディフェンスの一角です。サッカーでは交代カードを攻撃の選手に切ることが多いので、フル出場が求められるポジションとして出場したわけです。

 

しかし、僕は試合を15分でピッチを後にすることになります。途中交代にしては早すぎますね。有名選手の引退試合でももう少しプレーします。一部始終は次のようになります。

 

前半15分、相手コーナーキックのピンチ→マークが足りていたので僕はゴールに入る→相手から早いボールがあがる→綺麗にヘディングで合わされる→ボールがゴールの左隅に襲いかかる→僕が手を伸ばす→肘と手の間にあたってゴールストップ→こぼれ球に相手は詰めてくる→「あーおわった」と思いながらボールを外にクリアする→笛なる→審判が近づいてくる→赤いカードが胸ポケットから出てくる→退場確定→僕のハンドで与えられたPKが決まる→10人対11人試合再開。

 

僕の退場は、

①試合序盤である点

ーもし終了間際であれば、数的不利の時間が短かった

②結局失点を防げなかった点

ーもし失点を防ぐプレーであれば、1人失ったことにまだ納得がいった

 

と退場界最高クラスの退場だったこともあり、試合が終わるまでは生き地獄でした。映画マトリックスでネオがマトリックスしている時(正式名称は知らない)のスピードで時が流れると想像していただけるといいかと思います。いや、マトリックスタイムでさえ、当時の僕に流れる時間に比べたら早いですね。マンモスを狩っていた紀元前10,000年からアップルウォッチが発売される2015年までを3周するレベルで……

 

また、この退場が防げたものであることも、後悔の念を強くしました。ゴールを守る時点で、そういったシュートの軌道をイメージしていれば、手を出さずに済んだでしょう。自分の準備不足のために、チームに多大なる迷惑をかけたことになります。

 

その後10人になったチームは散々走らされ、失点を重ね、大敗を喫しました。相手はとてつもなく強い代だったので、僕がいてもスコア的には変わらなかったかもしれません。

 

ただスコア云々ではなく、苦しんでいるチームのために何もできないこと、また、チームが苦しんでいる原因が自分にあるという事実は辛かったです。

 

あの75分をもう一度過ごす位なら、地球上のゴミゼロ運動を10年やるし、ミャンマーの山奥で5年は修行するし、渋谷のスクランブル交差点で1日中一発芸をやります。

 

このサッカー史上最悪の事件以来、自分はプレー中できるだけ多くのパターンを想定し、最悪のケースだけは避けるように意識してきました。それはサッカー部引退以来も続いていて、今の団体運営に生かしている部分でもあります。

 

教訓としては、「準備不足で仲間に迷惑をかけると、他でもない自分が後悔するから、ちゃんと準備しようね(やるべきことはやろうね)」ということです。

 

次回以降「人生で一番辛かった経験は何ですか」と聞かれたら、この経験を話します。

  

 

ピッチに残った選手達の感想、、、

 




 

 

 

「いや、お前より辛かったよ」